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青春アップデート

web夏企画様参加文章
「短夜」「別荘」「危うい」



 同じ部活の留年した先輩の別荘に来ていた。山登りが好きというか、旅行が好きでいろいろなところに行けるからそれが入部した理由だった、はずなのに。
 この暑い中山道を何時間と歩き、たどり着いた先は文字通り山の頂き。少し古びた洋館が私達を見下ろしていた。避暑地という所以は、山頂にあるからじゃないか。別荘の持ち主が金持ちであるがさほど偏差値の高くないこの学校に来たのは、勉強をサボっていたからとか、社会勉強のためとかいろいろな噂があった。服装や持ち物のブランド品からお金があることだけは本当だろうと思ったのに。見栄にまみれた口車を信じた私が愚かであった。


「えーーっ! 先輩の別荘おっきいですねぇ!」


 かわいい女代表の、私よりさらに一年下の後輩が高い歓声をあげる。私服も流行と男ウケの両方が満点の、どこまでも器用で世渡り上手な印象だ。


「だろーー!」


 別荘の持ち主はといえば、肩を組んで鼻の下をのばしている。何も言わないところを見ると、付き合っているのか? こんな奴と付き合うなんてどんな物好きかと思ったが、金目当てだったのか。一緒に部活で会計をやっている機会は多かったが、いつからそんな関係だったのか。いや、そんなことに興味はない。
 それにしても、別荘で無償で泊まれるツアーはこのカップルを引き立てるためなのか。上限は自分の愚かさを自覚したところだと思っていたが、更新されていく。いやいや、学生最後の思い出を増やすためにお金をケチった私が悪い。今日は今日で目一杯楽しむのだ!

 私は気合を入れ直すと、愛想笑いから少しアップデートした笑顔を作る。


「雰囲気もなかなかだろ? 夜は肝試しができそうだ!」


 さらに彼氏は見栄だか本気か分からない言葉を重ねていく。



 夏の夜は短い。長い夕暮れを見ながら、延々と続くかと思われる自慢話を聞かされ、その話とは随分イメージダウンした洋館を歩き回った。何もしなくても夜になれば幽霊がパーティをしていそうだ。使用人というか、今日だけ雇われたような人が数人いたが、掃除はいきとどいてないところが多く、蜘蛛の巣や埃の塊が所々にあった。

 やっと夜が来たと思ったら、部長である男子に呼ばれた。もしや、告白か? ようやく私にも春か? と期待していたが、呼ばれた先には鬱陶しい会計カップルを除く全員がいた。


「そろったな。じゃあ始めるぞ」


 副部長がそう言うと、計画の全貌が聞かされた。

 途中までは肝試しをするが、会計カップルを一番最後にして、散々おどかしてかっこ悪いところを見せようということだそうだ。
 みんなあのカップルにうんざりしていたのだろう。表立って言わないが、やはり金銭感覚がずれているのか、会計もずさんだった。別の人が計算し直さなくてはいけないことも多く、みんなそれぞれ思うところがあるのだろう。

「ちょっといたずらしようっていうことだから、別れさせようとかそういうわけではないんだ」

「どうかな、あのカップル関係危ういからな」

「えっ、金持ちだけれど何か裏で稼いだ金なのか」

「まさか。別れそうってこと」

「繋がってるのはお金でだけでしょ?」


 日頃の鬱憤をはらすがごとく、誰もフォローには入らない。でも、どうかな。金の切れ目が縁の切れ目っていうことわざもあるくらいだし、逆に言えばお金が切れなければ、縁は切れないんじゃないかな。だから安心しておどかしていいのか。そういうことになるのかな。

 誰も反論しないし、肝試しやろうと言い出したのは別荘の持ち主本人だったし、いいか。少しおどかすくらい。だいたい、肝試しってそういう趣旨だし。ひどすぎたら止めよう。

 肝試しの役割とおどかす場所が決められ、私はトップバッターで一番よく話す女友達と無事におどろかされる側を終えた。別荘は夜になるとさらに雰囲気がホラー映画の舞台に近づいた。通路の電気を全て消して、ところどころに蝋燭をおけば、舞台としては完璧だった。
 さあ、今夜のメインイベントの始まりだ。
 私は最上階の階段の隅だ。登りきったところをおどかす役だった。

「キャーー!」

 本日何度目かの悲鳴が別荘を突っ走る。お化け屋敷でおどかす役って、おどかすのが好きな人がやるんだろうと思っていたが、初めてやってみると相手の反応が大きく、なかなか楽しい。

 そこまでは他の組と変わらないのに、別荘の電気が一斉に点灯した。

 何かあったのだ。

 私が集合場所の大広間につくと、別荘の持ち主が頭を抱えていた。


「どうするんだ! あれが僕の全財産だったのに!」

「どうしたんですか?」


 遅れてたどり着いた私には、副部長の女友達が小声で概要を教えてくれた。
 この別荘には息子、つまり今嘆いている本人の学校卒業後に与えられる財産が隠されていた。場所は知っているが、鍵はかかっている。大学卒業も半年後であるから、親に黙って財産を見に来ようとしたらしい。鍵もこっそり持ってきて約束の場所を開けてみたところ、そこには何もなかった。

 一般庶民からすれば、この洋館を売りに出せば多少食いつなげると思ってしまう。


「違う場所に隠したとかだよ」

「うちに連絡とったのか?」


 部員は口々に聞いているが、どれにも首をふる。確かにここは通信環境が悪そうだ。


「とりあえず、明日電波が届くところへいって聞いてみよう」


 何かがおかしい。誰かいない。使用人は皆いない。それはいいとして、ここにいる部員の数を確認してみる。やはり誰か足りない。


「あっ、おどかされるの嫌いみたいで、最初におどかされた時倒れちゃっだんだ。部屋で休んでるよ」


 聞いてみると、部長がそう教えてくれた。そんなか弱そうには見えなかったんだけれど。


「ついでに見に行ってくれないか? やっぱり同性の方がいいだろうからな」


 私は部屋に向かうと、誰かと電話をしている声が聞こえた。随分と低い声だったが、意識があることに安心した。通信環境悪いと思ったけれど、電話できるのか。後でかりて連絡してもいいかもしれない。電話が終わるまで待ってみることにした。


「そう。じゃあ、手はず通りに。ええ。もう車は届いているわ。肝試しのため使用人は集まっているから自由に使って。あの量の金塊を運ぶのは人手がいるからね」

「ちょっと待って」


 思わずドアを明けて乗り込んでしまった。


「あなたが、犯人なの?」

「ああ、誰かいると思ったら先輩か」

「えっ、どうしてあ」

「その名前も偽名だから呼ばなくていいですよ」


 そこにはいつも金持ちの彼氏に甘い言葉を言っている表情とはまったくかけ離れた、冷たい笑顔を私に向ける会計の後輩がいた。手にはスマートフォンではなく真っ黒のトランシーバーが握られている。


「そう、先輩の言うように、私が彼から金塊を盗みました。方法は、彼から金塊の隠し部屋の鍵をすり替え、空っぽの違う部屋を見てもらったんです。使用人も共犯だということは聞こえていましたね。時間と人手が必要だったので、肝試ししている間に一階に運んでもらいました」

「何で、そんなこと」

「旦那様、ご子息の父親から頼まれたんですよ。後日彼にも事情は伝えられると思いますが。ちゃんと口止めしといてくださいね。じゃないと、物理的に口止めしないといけなくなりますから」

「え、えぇ」

「といっても、黙っているのは数日だけでいいんです。ほら、肝試しのおどかす側みたいに、少しのいたずらと思って。
 ご子息が女性と付き合うことになった時の練習をしていたんですよ。付き合ってみたら彼女の望むだけお金を使いますからね、制裁を加えることにしたんですよ。お金が無限で何の苦労もなく手に入ると思われては困りますからね。
 先輩、何でこんなことしたかって聞きましたよね。人間は失敗からしか学べないからですよ。失敗をしない状況にある人間には、失敗を作って体験してもらうしかないのです」

「えっ、じゃあ、本当に付き合ってたわけじゃないの?」

「付き合ってましたよ。でも何度か食事にいっただけです。ご子息の話もあんまりでしたし、一つの部活の会計管理でさえ、ずさんだし。いつ企業に不利益をもたらすかわかりませんね。卒業までしごいてもらわなければいけません」


 私はあまりの世界の違う話に何も言えない。つまり、これは事件だと思っていたけれど、ただ、家の事情に付き合わされただけ?


「私も夏の思い出ができて楽しかったですよ。また会えるといいですね」



 答える前に、後輩の姿は消えていた。次の日には、私達とは別に使用人と一緒に下山するという言葉だけの連絡が届いた。

 危ういカップルの関係は私達が思っていない結末を迎えるだろう。

 帰り道はみんな無言だった。結局真相はその時は解明していなかったし、全員に伝えられることはなかった。これが本当に事件だった場合、罪には問われることはないが、私達も全く無罪というわけではないのかもしれない。

 でも大人になる前にこんな夏の思い出が一つくらい必要なのかもしれないという気持ちもある。ここにいる人たちの中では私だけしか知らない秘密と、複雑な気持ちの一部は、夏の雲と一緒に未来へ流れていった。